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2011年 11月 22日
着物を京洗いに出そうとしてハタと困った。
もともとは母の着物だったので、買ったのは当然関西。もう今更着物を買うこともないので、こっちでは呉服屋さんがわからない。 その着物を買った関西の呉服屋さんも、個人のお店で後継ぎがいなくてお店を畳んだと聞いてるし。 普通にクリーニング店でも扱ってるかなぁ?と思いつつ、気になってると呉服屋さんが目に留まるのね。 若い人向けのお振袖メインのチェーン展開してる呉服屋さん。まず目に留める用のないお店。 でも、店頭に「他店でお買い求めの着物の京あらいも承ります」って書いてあったので、今日持っていきました。 他所で買った着物を京洗いに出すだけって、ちょっと敷居が高い気分だけど、お店の人とても親切でした。 で、ついでにツイツイ見ちゃうのね。着物、嫌いじゃないし。そしたら、今はポリエステルの洗える着物、とても良くなってるのねえ。 昔、着付け練習用にしてた洗える着物と全然違う。地に織り柄が入ってたりして手触りも見た目もずっと素敵。 あー、これってワンピースを買う値段で買えちゃうんだなぁ。手入れも簡単だなって思ったら、コレ着たいなあって思っちゃった。 綿素材のチェック柄や縞柄のカジュアル着物もとてもかわいい。渋めの色柄もあったところをみたら、若い人向けばっかりでもなさそう。 こういう着物の良さは、天気も気にならないし、格だのしきたりだのも気にせずに、帯や小物との色合わせも、洋服感覚で好きに組み合わせて気楽に着れる事。 ジーンズじゃちょっと・・・って時に着たいな~と、久しぶりに思ったけど、これって・・・お店の思うツボなのかな(笑)
2011年 11月 16日
デヴィ夫人のブログで、 『皇太子位を秋篠宮文仁殿下へ移譲』という記事があがってました。
ワタシ、別に天皇家にそんなに思い入れとかないんですけどね。 でも、天皇様のご退院が延期になったばかり。そうでなくてもご高齢でいらっしゃるので、あと50年100年なんて無理だものね。そう遠くない未来にその時は来るわけで。 いずれご崩御されたら、東宮様が即位なさるんだなあとフト考えたら、なんだか大丈夫なんだろうかと思ってしまった。 天皇陛下について、 「政治権力を持たないが、国家の権威として存在する日本国・国民統合の象徴」と、昔々に習った記憶があるけど、 「神道の最高祭司という宗教的なお立場」という事は教えてもらってない気がする。 神道の最高祭司としてのお仕事、宮中祭祀については報道も少ないし。新嘗祭くらいじゃない? 「神道の最高祭司」という事は、国際的には、英国の女王陛下よりも、ローマ法王よりもお立場は上。 (ローマ法王と同格という考えもあるそうだけれど) その国際的に見ても、もっとも尊いお立場である「神道の最高祭司」を引継ぐのはもちろん東宮様で、東宮妃様が引き継ぐわけじゃないんだけど、 東宮家にあっていいようにわがままを通して、公務には殆ど欠席、でも愛子様の学校行事には、警備の一団を引き連れて強引に参加している東宮妃様と、妃のそういうあり方をそのままにしている東宮様が、最高祭司のお立場を引継いで、尊厳やら敬意やらが自然と備わり集まるものかな・・・と。 家族だけでいる時はいいのよ? でも外に出れば、それがプライベートなお出かけでも、人目がある限り完全にプライベートと言える時間など持ちえない立場の方々。 神道の祭祀に何ら関係のない場面で、まったくのプライベートであっても、人目にさらされる限り、東宮様の周りの人は、たとえ妃の立場であっても、東宮様に対して「最高祭司になるべきお方」がそこにいらっしゃるのだと傅く姿勢が見えるからこそ、自然と敬意も集まるのでは? それを、今は公務ではないからとお尻の下にひいてる態度が見え見えでは・・・ねぇ? 政治的にはお飾りなんだから、それでもいいんではと思えなくも無いけど、でも皇室は政治に無関係でも、外交上は重要じゃない? 妻にいいようにあしらわれている「最高祭司」に尊敬の念は集まらないんじゃないのかしらって不安、あるよねえ?
2011年 05月 04日
NHKで「マドンナ・ヴェルデ」という連続ドラマに、ラーメンズのご神体がちょろっと出てるので、毎回録画してます。
彼の出番はすっごい少ないんですけどね。 ドラマは、原作をちょびっとアレンジしてある感じで進んでます。今のところ。 これ、原作で読んだ時も思ったんだけど、海堂 尊さんってああ言う本を書くからって必ずしも肯定派とも思えない部分がありの、でもやっぱりドクターなら医療の進歩とその恩恵は肯定してるのかなとも思えたり。 子供がいない人生だってありだと思っているから、そこまでするかって部分がどうしても共感できない。 でもこれは立場が違うと違うからねえ。母になりたい願望って人によって強い弱いがあるし、立場とか周りとか諸条件あるしね。 出来るのであれば・・・という気持ちを、私が否定することはできないけど、誰か個人に対してではなくもっと漠然と、命を作り出す医療はいい事なんだろうかと、どうしても思ってしまう。どこまで進歩でどこからが暴挙なのか。 作り出すだけじゃなくて、命をつなぐ医療にたいしても不安がある。 でも実際、今痛む胃を何とかしてほしいとは思うわけだしね。 痛いから何とかしてと思う気持ちと、死にたくないから何とかしての気持ちに、どれだけ差があるのか。 子供の輸血を拒んで、死ぬのをつくねんと待つようなことはできないと思いつつ、どこまでの医療なら受け入れられるんだろう。 自分が受け入れると、家族の気持ちは別のところにあるだろうし。 いずれにしろ、あまりにも遠くまで進んでしまう前に、話し合って一線が必要なことだろうなと思う。引き返せないところまで進む前に。
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